
営業での顧客情報リサーチ:効果的な事前調査の方法
同じ結果でも、見える努力があると評価が変わる
旅行予約サイトや婚活マッチングサービスで、検索結果がすぐに表示されるより、少し待たされた方が、なぜか「ちゃんと探してくれた」ように感じた経験はないでしょうか。
ハーバード・ビジネス・スクールのライアン・ビュエル氏とマイケル・ノートン氏は2011年、この感覚の正体を確かめるための実験を重ねました。
検索結果が瞬時に出るサイトと、探している過程が画面上に見える形で少し時間をかけて表示されるサイト、結果はまったく同じものを用意した上で、ユーザーの評価を比較したのです。
すると、過程が見えた方のサイトは、まったく同じ結果であるにもかかわらず、サービスの価値が平均で8%も高く評価されました。
研究チームはこれを「労力の錯覚」と名付け、面白いことに、この効果の背景には、目に見える努力に対して、人は無意識のうちにお返しをしたくなる感覚、つまり返報性に近い心の動きが働いていることも示しました。
以前の記事(「営業での返報性の原理:小さな価値提供が大きな成約につながる理由」)で扱った通り、人は受け取ったものに対して、律儀にお返しをしようとします。
どうやら、その「受け取ったもの」は、物やお金だけでなく、目に見える形の努力そのものでも成り立つようです。
リサーチは、使うためだけでなく、見せるためのものでもある
この研究が、事前調査という地味な作業に、新しい意味を与えてくれます。
顧客について調べることの目的は、話す内容を充実させるためだけではありません。
調べてきたという事実そのものが、相手に伝わったとき、それ自体が価値として受け取られるのです。
実際、多くの調査では、成果を出し続けている営業担当者ほど、商談前の準備に時間をかけていることが報告されています。
目安として、1件あたり最低でも60分程度の準備時間を確保することが、長期的な受注率の改善につながるとされていますが、正直なところ、この数字そのものより大切なのは、その準備の跡を、相手に分かる形で残せているかどうかだと思います。
どれだけ深く調べていても、それを商談の中で一切にじませなければ、相手には「たまたま今日、話が弾んだだけ」としか映りません。
具体的に、何を調べるべきか
調べるべき情報は、大きく3つに分けられます。
1つ目は、相手企業そのものの情報です。
公式サイトの最新のお知らせ、直近のプレスリリース、決算情報が公開されていればその内容など、相手が今、何に力を入れているのかを把握します。
2つ目は、商談相手個人の情報です。
以前の記事(「営業で決定権者を見分ける方法:本当の意思決定者に焦点を当てる」)で扱った通り、相手がDMUのどの役割にいるのかを見極める上でも、その人がどんな立場で、どんな業務に関わってきたのかを知っておくことは大きな助けになります。
3つ目は、業界全体の動向です。
相手の会社単体の話に閉じず、業界としてどんな課題が語られているのかを把握しておくと、以前の記事(「営業ヒアリングスキル:顧客の本当のニーズを引き出す質問術」)で扱ったSPIN話法の状況質問・問題質問が、驚くほど具体的で、的を射たものになります。
「一般的にはどうですか」ではなく、「御社の業界では、最近〇〇という課題をよく耳にしますが、その点はいかがですか」と聞ける方が、相手には「この人はちゃんと調べてきている」と伝わります。
調べすぎることのリスクにも触れておきたい
ここまで調査の価値を書いてきましたが、正直に言うと、行き過ぎには注意が必要です。
相手のSNSの個人的な投稿まで細かく把握していることをうっかり口にしてしまうと、「調べてきた」という好印象ではなく、「そこまで見ているのか」という不気味さに転じてしまいます。
労力の錯覚が効くのは、あくまでビジネス上、必要な範囲の努力が見えたときであって、個人のプライベートな領域にまで踏み込んだ形跡が見えたときではありません。
この境界線の感覚だけは、データよりも、常識的な距離感を優先して判断すべきところだと思います。
今日からできること
次の商談の前に、相手企業の公式サイトとプレスリリースを、最低でも15分かけて読み込んでみてください。
調べて分かったことを、商談の中で1つ、さりげなく言葉にしてみてください。
調べた内容がビジネスに関する範囲に収まっているか、口にする前に一呼吸置いて確認してみてください。
まとめ
事前のリサーチは、話す内容を充実させるだけでなく、その努力そのものが相手に伝わったとき、独立した価値として受け取られます。
ただし、その効果が働くのは、努力が適切な範囲に収まっているときだけです。
調べたことを、誇示するのではなく、自然に会話の端々ににじませる。
それくらいの控えめさが、結果的にいちばん伝わるのだと思います。
参考にした情報
- Buell, R. W., & Norton, M. I.(2011)「The Labor Illusion: How Operational Transparency Increases Perceived Value」Management Science, 57(9), 1564-1579 https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=40158
- SalesZine「商談前の事前準備、『調べる』だけで大丈夫? 営業成果に直結する仮説を深める情報収集とは」https://saleszine.jp/article/detail/2973
- 才流「1か月で成果が出る!案件化率の向上と育成を兼ね備えた商談の事前準備のやり方」https://sairu.co.jp/method/5245/