
フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイス:営業での使い方と限界
小さなお願いから入るか、大きなお願いから入るか。
心理学では、前者を「フット・イン・ザ・ドア」、後者を「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼びます。
どちらも最初の実験では大きな効果を示しましたが、その後の研究で、効くのは条件がそろったときに限られると分かってきました。
原論文とその後の研究をもとに、営業での使いどころと限界を整理します。
フット・イン・ザ・ドア:小さな「はい」が、次の「はい」を呼ぶ
始まりは、住宅街での看板の実験
フット・イン・ザ・ドアは、先に小さなお願いを引き受けてもらうと、後の大きなお願いも引き受けてもらいやすくなる、という技法です。
その効果を最初に示したのが、1966年にスタンフォード大学のフリードマン氏とフレイザー氏が行った実験でした。
2人は、カリフォルニア州パロアルトの住宅街で、各家庭に「安全運転を」と書かれた大きな看板を前庭に立てさせてほしいと頼みました。
看板は玄関が隠れるほど大きく、期間は1週間ほど。
普通なら、まず断るお願いです。
実際、いきなりこれを頼まれた家で引き受けたのは16.7%でした。
一方、別の家庭には、その2週間前に小さなお願いをしておきました。
「安全運転を」と書かれた7.5センチ四方ほどの、見栄えのしない紙のステッカーを、窓か車に貼ってほしいというものです。
こうした家庭に、同じ大きな看板を頼むと、76.0%が引き受けました。
小さなお願いを1つ挟んだだけで、承諾率が4倍以上になったのです。
この実験には、さらに意外な点が2つあります。
1つは、2回目に看板を頼んだのが別の人で、名乗った団体も違っていたことです。
もう1つは、最初のお願いが交通安全と無関係な「カリフォルニアを美しく」という嘆願書への署名だった家庭でも、47.4%が看板を引き受けていたことです。
頼んだ人もテーマも違うのに、効果は残っていました。
なぜ効くのか:人は自分の行動から自分を知る
頼んだ人もテーマも違うのに、なぜ効果が残ったのか。
フリードマン氏らは、小さなお願いを引き受けたことで、その人が自分を「社会的な活動に協力する人間だ」と見るようになったからではないか、と考えました。
人は自分の気持ちを、自分の行動から逆算して知ることがあります。
心理学で「自己知覚」と呼ばれる考え方です。
「ステッカーを貼ったのだから、自分は交通安全に関心があるのだろう」。
本人が意識していなくても、こうして判断の土台が少しずつずれていきます。
ただし、その後の研究で、理由はこれだけではないことも分かってきました。
サンタクララ大学のバーガー氏は、1999年の総説論文で数多くの研究を整理し、一貫性を保ちたい気持ちや、自由を制限されることへの反発など、複数の心理が同時に関わっていると論じています。
それらが同じ方向に働けば効果が出て、逆に働けば消えたり下がったりする。
研究によって結果がばらつくのも、そのためだという立場です。
同じ人がすぐに次を頼むと、逆効果になる
効果が逆転する条件を具体的に示したのが、1999年にチャートランド氏、ピンカート氏、バーガー氏が発表した「操作が裏目に出るとき」という研究です。
この研究では、小さなお願いを引き受けてもらったあと、大きなお願いを「すぐ」するか「2日後」にするか、「同じ人」が頼むか「別の人」が頼むかを分けて比べました。
その結果、ほとんどの条件では、いきなり大きなお願いをするより引き受けてもらいやすくなりました。
ところが「同じ人が、すぐに」頼んだ条件だけは、いきなり頼んだ場合よりも引き受ける人が減ったのです。
なぜそうなるのかは、はっきりしていません。
「さっき1つ聞いたのだから、もう十分だろう」と感じるのかもしれませんし、狙いが透けて見えて身構えるのかもしれません。
営業に置き換えると、無料資料をダウンロードしてくれた相手に、その日のうちに契約の電話をかけるような動き方です。
多くの営業担当者が「早すぎる」と感じているこの動き方を、研究が裏づけているようにも読めます。
営業では、最初の一歩そのものに価値を持たせる
営業でフット・イン・ザ・ドアに近いのは、無料相談、お試し期間、少額のスポット発注といった、小さな関わりから始めてもらう方法です。
ただし、実験との違いには気をつけたいところです。
実験のステッカーは、引き受けた人にとって何の得にもならないものでした。
営業でそこまで真似る必要はなく、むしろ最初の一歩そのものが、相手にとって価値のあるものであるべきだと考えています。
無料相談で課題が1つ整理された。
お試しで、業務が実際に少し楽になった。
そういう経験があれば、次の提案を検討してもらえるのは、技法というより自然な流れです。
反対に、最初の一歩が「次に売るための足がかり」としか設計されていなければ、相手はどこかでそれに気づきます。
ドア・イン・ザ・フェイス:断ったあとの「譲歩」に応えたくなる
始まりは、少年院の子どもたちの引率の実験
ドア・イン・ザ・フェイスは、フット・イン・ザ・ドアとは逆に、先に大きなお願いをして断られてから、本当に頼みたい小さなお願いをする技法です。
この技法を広めたのは、1975年にロバート・チャルディーニ氏らが発表した実験でした。
実験者は大学のキャンパスで学生に声をかけ、少年院の子どもたちを2時間、動物園に引率するボランティアを頼みました。
年齢も人数も分からない子どもたちを、冬の屋外で預かるお願いです。
これをいきなり頼まれて引き受けた学生は、16.7%でした。
別の学生には、先にもっと大きなお願いをしました。
少年院の子どもたちのカウンセラー役として、2年間、週に2時間ずつボランティアをしてほしい、というものです。
これを引き受けた学生は1人もいませんでした。
ところが、断ったあとに同じ動物園の引率を頼まれると、50.0%が引き受けたのです。
承諾率は、いきなり頼んだ場合の3倍になりました。
なぜ効くのか:相手の譲歩に、譲歩で応えたくなる
チャルディーニ氏らは、この効果を「譲歩の返報」と説明しました。
相手が要求を下げてくれたのだから、こちらも何か譲らなければ釣り合わない、という感覚です。
返報性の原理そのものについては、以前の記事(「営業での返報性の原理:小さな価値提供が大きな成約につながる理由」)で詳しく扱いました。
この説明が正しければ、「相手が引き下がった」と感じられない状況では、効果は出ないはずです。
チャルディーニ氏らは、そのことも確かめています。
まず、2つのお願いを同時に説明して、どちらかを選んでもらった条件では、承諾率は25.0%にとどまりました。
大きなお願いを聞かせるだけでは、効果は小さいということです。
次に、大きなお願いと小さなお願いを別の人がした条件では、承諾率は10.5%でした。
同じ人が要求を下げた場合(55.0%)はもちろん、小さなお願いだけをした場合(31.5%)よりも低い数字です。
譲歩を感じない限り、一度断った人は次も断りやすい。
論文によれば、譲歩の圧力がない条件では、最初に断った人の89.5%が次のお願いも断っていました。
35年分の研究では、行動にはつながりにくいと分かった
では、この技法は実際にどこまで効くのでしょうか。
2012年、ニューヨーク州立大学バッファロー校のフィーリー氏らは、それまで35年分の研究を統合するメタ分析(多くの研究結果をまとめて全体の傾向を見る方法)を行いました。
分析では、効果を2種類に分けて調べています。
1つは、「引き受けます」と口で言ってもらえるかどうか。
もう1つは、実際に足を運んだか、寄付したかといった行動です。
口頭での同意については、78件の比較を統合して効果が確認されました。
ただし、その大きさは「小さい」と呼ばれる水準でした。
一方、実際の行動については、39件を統合しても、普通にお願いした場合と統計的な差が見られませんでした。
フィーリー氏は大学の発表で、この技法は寄付に同意してもらうことはできても、約束を果たしてもらうことにはつながりにくい、という趣旨のことを述べています。
営業に置き換えると、身に覚えのある話かもしれません。
その場では前向きな返事をもらえたのに、契約書が戻ってこない。
契約はしたものの、すぐに解約される。
断ったあとの譲歩に応えた「はい」は、その場の気まずさを解消するための「はい」だったのかもしれません。
営業では、本物の選択肢と「見せ球」を区別する
営業でドア・イン・ザ・フェイスに近いのは、複数のプランを並べる提案や、見積もりを出し直す場面です。
上位プランが本当に最適だと考えて提案し、断られたあとで標準プランを示すのは、相手の事情に合わせた自然な調整です。
問題になるのは、誰も選ばないと分かっている高額プランを「見せ球」にして、値下げしたように見せる場合です。
その場では効くかもしれません。
しかし、フィーリー氏らの分析が示すように、口頭の「はい」が行動まで保証してくれるとは限りません。
相手があとで冷静になり、「乗せられた」と感じたとき、失うのはその1件の契約だけではないはずです。
2つの技法は、効く条件が正反対
ここまでの研究を並べると、2つの技法は効く条件が正反対であることが分かります。
フット・イン・ザ・ドアは、時間を空けても、別の人が頼んでも効くことがある一方、同じ人がすぐに続けて頼むと逆効果になりえます。
ドア・イン・ザ・フェイスは反対に、同じ人が、断られた直後に要求を下げなければ効きません。
この違いは、働きかける心理の違いから来ていると考えられます。
フット・イン・ザ・ドアは、相手の中で「自分はどういう人間か」という自己像がゆっくり変わっていく働きです。
ドア・イン・ザ・フェイスは、「この人との間でどう振る舞うのが筋か」という、その場限りの釣り合いの感覚に働きかけます。
一方で、共通点もあります。
どちらも最初の劇的な数字のあとに、「効く条件は限られている」という研究が積み重なってきたことです。
正直なところ、営業の本でこの2つを知ったときの「使えそうだ」という手応えは、論文を読み進めるほど薄れていきました。
「はい」をもらうことと、納得してもらうことは違う
2つの研究から見えてくるのは、相手の判断をその場で動かそうとするほど、長い目で見た結果が遠のく可能性です。
急ぎすぎると逆効果になり、譲歩で引き出した「はい」は行動につながりにくい。
営業で本当に大切なのは、同意してもらうことより、同意したあとも納得して使い続けてもらうことでしょう。
たとえば商談の終わりに「前向きに検討します」と言われたとします。
それが場をなごやかに終えるための言葉なのか、本当に社内で検討を進めるつもりなのかは、その一言だけでは分かりません。
確かめるには、技法ではなく、相手が何を気にしていて、次に誰と何を話す必要があるのかを、具体的に聞いていくしかありません。
小さな一歩から始めるなら、その一歩に価値を持たせる。
複数の選択肢を示すなら、どれも本気で勧められるものにする。
そうして得た「はい」は、技法で引き出した「はい」よりも、ずっと長持ちするはずです。
おわりに
フット・イン・ザ・ドアとドア・イン・ザ・フェイスは、「こうすれば相手は断れない」という手順書ではありません。
人は自分の行動から自分を知り、相手の譲歩にはつい応えたくなる。
その性質を知っておくことは、営業する側にとっても、自分が頼まれる側に立ったときにも役に立ちます。
相手の「はい」が、本当にその人自身の判断から出てきたものかどうか。
それを大切にできる営業でありたいと思います。
参考にした情報
- Jonathan L. Freedman, Scott C. Fraser「Compliance Without Pressure: The Foot-in-the-Door Technique」Journal of Personality and Social Psychology, Vol.4, No.2, 1966年 https://www.bulidomics.com/w/images/6/6c/Freedman_fraser_footinthedoor_jpsp1966.pdf
- Robert B. Cialdini ほか「Reciprocal Concessions Procedure for Inducing Compliance: The Door-in-the-Face Technique」Journal of Personality and Social Psychology, Vol.31, No.2, 1975年 https://web.mit.edu/curhan/www/docs/Articles/15341_Readings/Influence_Compliance/Cialdini.et.al.Reciprocal.Concessions.Procedure.1975.article.pdf
- Jerry M. Burger「The Foot-in-the-Door Compliance Procedure: A Multiple-Process Analysis and Review」Personality and Social Psychology Review, Vol.3, 1999年 https://journals.sagepub.com/doi/10.1207/s15327957pspr0304_2
- Tanya L. Chartrand, Sherri Pinckert, Jerry M. Burger「When Manipulation Backfires: The Effects of Time Delay and Requester on the Foot-in-the-Door Technique」Journal of Applied Social Psychology, 1999年 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1559-1816.1999.tb01382.x
- Thomas Hugh Feeley, Ashley E. Anker, Ariel M. Aloe「The Door-in-the-Face Persuasive Message Strategy: A Meta-Analysis of the First 35 Years」Communication Monographs, Vol.79, No.3, 2012年 https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/03637751.2012.697631
- University at Buffalo「’Door-in-the-face’ strategy leads to verbal, but not behavioral compliance」2012年 https://www.buffalo.edu/ubnow/stories/2012/door-in-face-strategy.html