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既存顧客への営業:アップセル・クロスセルの考え方
10月 6, 2026 ・ 営業サポート
SALES KNOWLEDGE

アップセル・クロスセルとは?既存顧客への追加提案で失敗しない考え方

すでに取引のある顧客に、より上位の商品を提案するのが「アップセル」、関連する別の商品を提案するのが「クロスセル」です。
新規開拓より手間がかからず、成果につながりやすい方法として、営業の現場で広く使われています。
ただ、研究をたどると、追加の提案はいつでも誰にでも有効なわけではなく、かえって関係や利益を損なう場合があることも分かってきます。
この記事では、3つの研究をもとに、既存顧客への追加提案をどう考えればよいかを整理します。

追加で買ってもらうことは、関係を深める「原因」ではない

アップセルやクロスセルを勧める理由として、よく語られるのが「複数の商品を使ってもらえば、顧客は離れにくくなる」という考え方です。
では、本当に追加で買ってもらうことが、顧客との関係を強くするのでしょうか。

2008年、マーケティング研究者のヴェルナー・ライナーツ氏らは、この因果の向きを確かめる研究を発表しました。
2つの企業の顧客データを使い、複数の分野の商品を買う行動と、その後の取引の続き方との関係を、時間の流れに沿って分析したものです。

その結果、追加で買うことが継続的な取引を生むのではなく、むしろ逆だったことが分かりました。
もともと継続的に取引してくれている顧客ほど、複数の分野の商品を買うようになる、という向きの関係だったのです。
研究者たちは、追加購入は継続的な取引の「結果」であって、「原因」ではないと結論づけています。

この結果は、営業の考え方に大きく関わります。
「たくさん買ってもらえば、離れにくくなる」と考えて、関係がまだ浅い顧客に追加の提案を重ねても、関係が深まるとは限りません。
順番は逆で、まず最初の商品で満足してもらい、信頼が積み上がった結果として、追加の提案が受け入れられるようになるのです。
既存顧客との関係を長く続ける考え方は、以前の記事(「営業での長期関係構築:1回の商談ではなく顧客化を目指す戦略」)で扱いました。

追加で買ってもらうほど、赤字になる顧客もいる

追加購入が多い顧客ほど、利益をもたらしてくれる。
これも、一般的にはそう考えられています。
しかし、この前提に疑問を投げかけたのが、2012年にデニッシュ・シャー氏、V・クマー氏らが発表した研究です。

研究チームは、一般消費者向けと企業向けを含む5つの企業の顧客データを分析しました。
その結果、追加で購入している顧客のうち、10〜35%は、企業にとって赤字の顧客でした。
しかも、こうした顧客が生み出す損失は、企業が顧客全体から被っている損失の39〜88%を占めていたのです。

赤字になっていた顧客には、共通する行動の特徴がありました。
1回あたりの購入額が小さい、返品や取り消しが多い、問い合わせやサポートの依頼が極端に多い、値引きやキャンペーンのときにしか買わない、といった特徴です。
こうした顧客に追加の商品を売ると、売上は増えても、対応にかかる手間や値引きの負担がそれ以上に膨らみます。
研究者たちは、追加購入が増えるほど損失が大きくなる「赤字のらせん」に陥ると表現しています。

この研究の対象は大企業の顧客データで、そのまま個人や小さな事業者の営業に当てはめることはできません。
それでも、「既存顧客には、とにかく追加で提案すればよい」という考え方には、立ち止まる理由があります。

たとえば、Web制作を請け負った顧客が、修正の依頼を何度も重ね、そのたびに値引きを求めてくる相手だったとします。
この顧客にSNS運用の代行まで追加で提案して契約できたとしても、手間ばかりが増え、ほかの顧客に使うべき時間が削られていくかもしれません。
追加提案をする前に、その顧客との取引が、今の時点で健全に続いているかを確かめる必要があります。

顧客が必要とするものには、自然な順番がある

では、追加提案が有効な顧客に、何を提案すればよいのでしょうか。
その手がかりになるのが、2005年にシバ・リー氏らが発表した、アメリカの銀行の顧客データを使った研究です。

研究者たちは、顧客が複数の金融商品をどのような順番で利用するようになるかを分析しました。
その結果、顧客の生活の段階に応じて、商品を必要とする順番にはある程度の規則性があることが示されました。
たとえば、まず普通預金を使い、次に定期預金、その後に投資商品へと進む、というように、多くの顧客がたどる自然な流れがあるのです。

この考え方は、銀行に限らず、多くの営業に応用できます。
顧客が今どの段階にいるかが分かれば、次に必要になりそうな商品を、適切な時期に提案できます。
反対に、まだその段階にない顧客に先の商品を勧めても、相手にとっては時期外れの売り込みにしかなりません。

たとえば、ホームページを公開したばかりの顧客に、すぐに広告運用の提案をしても、ピンとこないかもしれません。
公開から数か月がたち、「アクセスはあるが問い合わせにつながらない」という課題が見えてきた時期であれば、ページの改善やGoogleマップ対策の提案は、自然な次の一歩として受け止めてもらえるはずです。
顧客の課題の変化をつかむための聞き方については、以前の記事(「営業ヒアリングスキル:顧客の本当のニーズを引き出す質問術」)で扱いました。

追加提案の前に確かめたい3つのこと

3つの研究を合わせると、既存顧客への追加提案で確かめたいことが見えてきます。

1つ目は、最初の取引で、顧客が満足しているかどうかです。
ライナーツ氏らの研究が示すとおり、追加購入は信頼の結果として生まれます。
最初の商品の成果がまだ出ていない段階での追加提案は、売り込みとして受け取られやすくなります。

2つ目は、その顧客との取引が、健全に続いているかどうかです。
シャー氏らの研究が示すように、対応の手間や値引きの負担が大きい顧客に追加で売ると、関係は広がっても、事業としては苦しくなることがあります。
すべての顧客に同じように追加提案をする必要はありません。

3つ目は、顧客が今どの段階にいて、次に何を必要としそうかです。
リー氏らの研究が示すように、必要なものには自然な順番があります。
自社が売りたいものではなく、顧客が次に直面しそうな課題から逆算して、提案する内容と時期を決めることが大切です。

正直なところ、この3つをすべて満たす顧客は、それほど多くないかもしれません。
それでも、追加提案の数を増やすより、受け入れられる提案を1つずつ重ねるほうが、結果として顧客との関係も、事業の利益も、長く続いていくのだと思います。

おわりに

アップセルやクロスセルは、既存顧客との関係を活かせる有効な方法です。
ただ、それは関係を深めるための近道ではなく、深まった関係の上に成り立つものです。
顧客が満足しているか、取引が健全か、次に何を必要としているか。
この3つを確かめてから提案すれば、追加の提案は売り込みではなく、顧客にとって自然な「次の一歩」になるはずです。

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