SNS時代の営業:プライベート発信のリスクと法令違反事例
なぜ営業職の何気ない投稿が問題になりやすいのか
以前の記事(「営業職が知っておくべきコンプライアンスと法令遵守」)では、営業職が業務上守るべき法令の全体像を扱いました。
今回は、その中でも特に見落とされやすい「プライベートなSNS投稿」に絞って解説します。
営業職は、日々の商談で顧客名・取引内容・社内の動きなど、外部に出してはいけない情報に日常的に触れる立場にあります。
プライベートのアカウントであっても、投稿は不特定多数に見られる可能性があるため、本人に悪気がなくても法令違反や会社への損害につながることがあります。
個人情報保護法:顧客情報をうっかり発信するリスク
個人情報保護法は、営業活動で得た顧客の氏名・連絡先・取引内容などを、本来の目的以外で外部に出すことを禁じています。
たとえば「今日訪問したお客様、実は〇〇会社の社長で…」といった投稿は、具体的な個人情報でなくても、企業名や状況の組み合わせから相手が特定されてしまう可能性があります。
2022年施行の改正個人情報保護法では罰則が強化されており、個人情報データベース等を不正に提供・盗用した場合、行為者本人には1年以下の懲役または50万円以下の罰金(84条)が科され、法人に対してはさらに重い罰金が科される可能性があります。
「投稿を消せば大丈夫」ではなく、スクリーンショットや引用によって一度拡散した情報は消せないという前提で、そもそも書かないことが唯一の対策です。
不正競争防止法:転職・独立時の情報持ち出しに注意
不正競争防止法は、企業が秘密として管理している「営業秘密」(顧客リスト、価格表、提案ノウハウなど)を、不正に持ち出したり利用したりすることを禁じています。
営業秘密として保護されるには、秘密として管理されていること・有用な情報であること・公然と知られていないことの3つの要件を満たす必要がありますが、多くの企業の顧客リストや価格情報はこれに該当します。
転職や独立の際に「これまでの顧客リストを新しい仕事でも使おう」と考えることは、この法律に違反する可能性があり、個人には10年以下の拘禁刑もしくは2,000万円以下の罰金、法人には5億円以下の罰金という重い罰則が定められています。
SNSで「独立しました、前職のお客様も引き続きよろしくお願いします」といった投稿をすること自体が、営業秘密の不正な利用を示す証拠として扱われるリスクもあります。
名誉毀損罪・信用毀損罪:顧客や競合について書くリスク
顧客や取引先、競合他社について愚痴や批判を投稿することも、刑事罰の対象になり得ます。
刑法230条の名誉毀損罪は、公然と事実を摘示して人の名誉を傷つけた場合に成立し、その事実が本当かどうかにかかわらず、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されます。
刑法233条の信用毀損罪は、虚偽の情報を流したり、だますような手段を使ったりして、相手の経済的な信用を傷つけた場合に成立し、こちらも3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が定められています。
「あの会社、対応が最悪だった」「〇〇さんって仕事できないよね」といった投稿は、たとえ個人アカウントでの愚痴のつもりでも、相手が特定できる書き方をした時点で、これらの罪に問われる可能性があります。
「悪気はなかった」投稿が拡散する構造
法令違反とまではいかなくても、営業職の不用意な投稿が会社の信用を大きく傷つけるケースは少なくありません。
2019年2月には、大手回転寿司チェーンの店舗で、従業員がゴミ箱に捨てた食材を扱う様子を撮影してSNSに投稿し、大きな批判を受けたうえで懲戒解雇や法的措置に至った事例が報道されています。
この種の投稿は、本人は「軽い冗談のつもり」であることが多いですが、一度拡散すると本人の削除操作が追いつかず、会社名や店舗名まで特定されて企業全体の信用問題に発展します。
営業職の場合も、訪問先や商談の様子を面白おかしく投稿することが、同じ構造で会社の信用を損なうリスクになると考えておく必要があります。
営業職がSNSで気をつけたいチェックポイント
①投稿前に、内容から顧客企業や個人が特定できないか、あらためて読み返す習慣をつけます。
②「誰が読んでも問題ない内容か」を基準にし、愚痴や批判は投稿ではなく、社内の信頼できる相手に直接相談する形に変えます。
③会社の就業規則にSNS利用に関する規定がある場合は、私的なアカウントであっても対象になり得るため、内容を確認しておきます。
④退職・転職・独立のタイミングでは特に注意が必要で、顧客リストや取引実績への言及は、営業秘密の扱いに該当しないか一呼吸おいて判断します。
まとめ
営業職にとってSNSは、個人情報保護法・不正競争防止法・名誉毀損罪や信用毀損罪といった複数の法律が関わる、見落とされがちなリスク領域です。
「バレなければ大丈夫」ではなく、一度投稿した情報は完全には消せないという前提に立ち、投稿前に一呼吸おいて内容を見直すことが、自分自身と会社の両方を守る一番の対策になります。
参考にした情報
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直し規定に基づく検討」https://www.ppc.go.jp/files/pdf/240322_shiryou-1.pdf
- BUSINESS LAWYERS「令和2年個人情報保護法改正によって個人情報保護法違反のペナルティと課徴金はどう強化されたか」https://www.businesslawyers.jp/practices/1427
- 経済産業省「最新の営業秘密侵害事例から見えてくる『営業秘密』保護のポイント」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/13_210602_meti.pdf
- 警視庁「営業秘密漏えい防止」https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/cyber/joho/trade_secrets.html
- Wikibooks「刑法第230条」https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%88%91%E6%B3%95%E7%AC%AC230%E6%9D%A1
- Wikibooks「刑法第233条」https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%88%91%E6%B3%95%E7%AC%AC233%E6%9D%A1
- 国民生活センター「名誉毀損罪、侮辱罪」https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202408_11.pdf